生まれるでな
by tocado
ライブ①
2007年6月8日@月見ル君想フ
矢野絢子/倉橋ヨエコ

昨年、2004年からの二年契約を終えメジャーシーンから去った矢野絢子。その後もデビュー前と変わらず高知のライブハウスを拠点に活動を行っているが、メジャー時代に獲得したファンの支持で、本人曰く「かたつむりの速さで」全国ツアーを続けている。彼女の出すCDはファンクラブに入会するか、ネット上で直接注文するしかなく、店頭に並ぶことはもうなくなってしまったが、幸い東京でのライブを重ねるごとに動員の数が確実に増えていることを、ファンとして嬉しく思う。

その矢野絢子がメジャーシーンに戻ってくることになった。9月にアルバムを出す。2年ぶりである。今年1月最後の土曜日、3年前に矢野をメジャーシーンに送り込んだ某プロデューサーが、新しいレコード会社の名刺を持って、高知に彼女を口説きに来た。事前に彼女の元マネージャーから電話で話がきており、本人はまた二人と仕事ができる嬉しさで「いいですよ、多分」、と答えた。決して積極的ではなかったという一度目の契約とは異なり、矢野はこの新しい仕事への意欲を見せた。そして「とりあえず、ショット契約アルバム1枚やってみましょう」。話はまとまった。

二度目のメジャー契約を、矢野は地元発行の同人誌「こほろぎ通信 99」(100号で廃刊)でこう語っている。

「大衆性」「分かりやすさ」「聴き手の幅」そういったものをまず最初に求められるJポップスに再びの挑戦である。現代がどうなっているのか、現代人が何を求めているのか、殆ど何も知らない、興味も無い。私の周りにある、「現代性」しか私は知りようがない。その中に同じように存在する、求められるものを私なりの言葉でつかまえられるか、ちょっと自分の力量にも興味がある。

2007年6月8日、南青山のライブハウスで毎年恒例となった矢野絢子のライブがあった。そこで彼女は新しいアルバムについて驚くべき発言をした。「歌はなんでも「愛」を謳うものだとは思いますが…」と前置きした上で、少しはにかみながら「こんどのアルバムは、いわゆる、いわゆる「愛」です」と語ったのだ。ほほーう、というファンたちの声がいまにも周囲から聞こえてきそうだった。矢野絢子がファンの前でこれほど恋愛という概念としての「愛」に触れたことがあっただろうか。矢野と恋愛とには果てしない距離があった。矢野の歌のほとんどは男女間の恋愛を想定していない。彼女が歌うのは人と人との出会いと別れ、絆、愛着であり、フレーズ内の人物は恋人ともとれるが、よくよく聴くとむしろ家族や親友、故郷、自然の生物たちといったほうがふさわしいことに気づく。矢野のファンは恋愛の歌が嫌いなわけではないのだろうが、故郷や自然を歌うそのスタイルが、従来のJポップに心満たされなかったある層の受け皿となり、熱烈な支持を集めたことは間違いない。つまり、乱暴にいえば矢野ファンは、矢野に「いわゆる」ラブソングを求めてなどいない。
その矢野が、恋愛の「愛」をテーマにしたアルバムを出すという。これはニュースである。と同時に、これはラブソングが氾濫する現代Jポップへの挑戦状であると感じることもできる。これほど再デビューにふさわしいテーマはない。
この日のライブはピアノの演奏にやや精彩を欠き本人も「今日は(ピアノ)ソロの調子悪いなあ。もうちょと頑張ろ」と呟きながら弾いていたが、歌唱は素晴らしかった。2年前に、初めてこの場所で歌った頃とは比べものにならないくらい、場慣れして生き生き歌っている。思い返せば、今年2月の代官山ライブでは観客アンケートで演奏する新しいライブ企画にも挑戦していた。かつて高知の小さいライブハウスでほとんど引きこもりで限られた歌仲間たちと曲を作ってきたという彼女は東京という場やファン、Jポップ、大衆、他のミュージシャンと触れ合いながら成長していることがひしひしと伝わってくる。
そして、いま再びのメジャーシーン。彼女の歌がどこまで支持を得られるか。それは彼女の歌に心底惚れ込んでいる僕にとっても、不安と期待の入り混じった目の離せない展開である。
<文中敬称略>

by tocado | 2009-07-02 00:22 | 矢野WATCH!(メイン) | Trackback
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