IE9ピン留め

生まれるでな
by tocado
今日のひとこと
今日は矢野絢子さんのライブが、下北沢である。仕事を終えてから、友人と行く予定。午前中は、藤原ていの私小説「流れる星は生きている」を途中まで読んだ。昨夜は、なかにし礼原作の「赤い月」をビデオでかりでみた。両方の作品とも、満州引き上げを舞台に、男は死地を求め、女は子供を守るために生き抜く。「赤い月」の主人公、つまりなかにし礼の母親には、「生きるためには愛する人が必要」というセリフがある。子どもと自分が生き抜くために、男性を愛することも必要という。「赤い月」は、地味だがよい映画だった。かの時代を、ああ、そういうものだろう、と思える。一緒に見た妻は、嫌悪感を示していた。「風邪とともに去りぬ」のオハラのほうが、共感できるという。オハラは確かに魅力的ではあるんだけど、僕にはピュアで眩しすぎる。
# by tocado | 2010-06-27 12:01 | このブログについて
ライブ⑥~ハンピレイ~
2月21日@月見ル君想フ



都合によりアップ自粛。しかし、よいライブだった。おまけに最近、かわいくなったような。うーん、ちょっと悔しいですね。
# by tocado | 2010-04-10 08:50 | 矢野WATCH!(メイン)
プロフィール


矢野絢子(やの・じゅんこ)
高知県在住の個性的なシンガーソングライター。高知県のライブハウス「劇場 歌小屋の2階」で、ピアノと歌で毎週ライブを行っている。制作スタイルは「曲より先に歌詞をつくる」。脳によさそうな波長の歌声を出す。メジャーデビュー後も、「故郷・高知県を離れたくない!」と、東京嫌いを打ち出し、独自の活動スタイルを貫く(最近はまるくなった)。2004年度ゴールドディスク新人賞受賞。「うたばん」出演経験あり。
一回目のメジャー契約終了以降は、全国でのライブ巡業に精を出している。多くのファンの中には、わざわざ「劇場 歌小屋の2階」に足を運ぶ者も少なくない。「矢野絢子の才能はもっと世に認められるべきだ!」というのが、彼らの一致した見方だが(タブン)、本人はあまり名声に興味がないようで、なかなか実現しないので、こうしてブログなどでひっそり綴ることにしている、ということで書き始めたが、最近は、いろんな意味で音楽活動に意欲的で、いよいよ目が離せないことになっている。



1979年高知県生まれ。
1997年より「メキシコシティ」にてライヴ活動を始める。
1999年ライヴハウス「歌小屋の2階」をミュージシャン仲間と共に立ち上げる。
2003年軽井沢ラヴソングアウォードに出場。音楽関係者の目にとまり、
2004年にシングル「てろてろ」でメジャーデビュー。
2004年度ゴールドディスク新人賞受賞。
2005年メジャー契約終了。ファンクラブを創設。
2007年メジャー復帰一作目「あいのうた」リリース
2008年第一子出産
# by tocado | 2010-01-29 23:37 | プロフィール
コラム④~東京ミュージシャンとの交流に思うこと~
2009年師走、東京。「ふたつのプレゼント」は緊張で揺れていた。飛ぶ歌詞、転がる指先、熱烈な歌声は客の心を震わせたが、矢野さんは「すごい緊張した」と振り返った。精彩を欠いていたのは、この曲だけではなかった。こんな矢野さんを、僕は初めて見た。「晴れたら空に豆まいて」のライブでのことだった。
 今年、矢野さんは各地を回り、ライブを数多くこなした。それにともない、上京の機会が増えて、東京で活躍するミュージシャンと親しくなった。大好きになった「オワリカラ」との出会いがあった。「オワリカラ」は2008年に結成され、都内で活動をするサイケデリックロックバンドだ。10月、新宿で開催されたライブ「あがた森魚withオワリカラ」。オワリカラのリーダーのタカハシリョウリさんは、自身が大ファンである、あがたさんという昭和のミュージシャンを招いて共演した。この企画の趣旨を、タカハシさんはステージ上で、「過去と現在、現在と未来がちゃんとつながっていかないと、気持ち悪いじゃないですか」と表現した。矢野さんとタカハシさんが、とても似た波長をもったアーティスト同士であることを感じさせる1コマだった。

 傍目には、矢野さんにとって東京という存在が、にわかに大きくなった一年だった。もし仮に、いつか矢野さんが音楽活動の拠点を東京に移したら、今年はその転換点だったと振り返るかも知れない、とさえ感じさせた。
元来、東京とミュージシャンは、昭和のころから相性がいい。井上陽水だって、東京で活躍していった。矢野さんが今年セッションした「鍵盤女」の中ムラサトコさんも、東京で活躍するミュージシャンの一人だ。「鍵盤女」の中ムラさんと鈴木亜紀さんが上京したのは、高校卒業してすぐである。故郷の港町を歌う鈴木さんは、地元が大好きなんだろうなと思いきや、意外なことに、長い東京生活を気に入っているようで、「東京が好きであることに気付いた」という主旨のことを、いまから数年前にホームページで書いている。2人のアルバム「鍵盤女」は、イラストレーターやデザイナーが付き、かっこいい仕上がりになっている。なんとなく、東京を中心に活動してきた2人の人脈の太さを想像させる作品だ。

師走のハレマメライブ。この日、カウンター席には洒落た男性が座っていた。東京の音楽関係者のようだった。開演前に、ハレマメの女店主が、矢野さんを男性に紹介した。その姿に、音楽で生計をたてるプロミュージシャンである矢野さんは、常に試されている存在なのだと、改めて感じた。矢野さんが緊張したのは、この男性の値踏みのせいではとさえ思った(これは僕の見当違いだった)。一般論として、観客は身銭を切って聴きに来るから、満足できなければ、客足は遠ざかる。そういう意味では、プロのステージはすべからく「勝負事」であり、緊張がともなう。

 東京は、日本一、才能と情報と客が集まる「大勝負」の場だ。そんな東京の魅力を重々承知している矢野さんは、今年も高知に居を構え、歌小屋を活動拠点に過ごした。保守的なわけではない。むしろ果敢な年だった。フルバンドを結成したり、月ごとのCDを企画したり、時々出かける東京でアーティストとの交流を深めたり、仲間をつくったり、挑戦と親交を重ねてきた。もはや東京嫌いでもないのだから、活動拠点を東京に移せば、いろいろなことが、もっとスムーズに進むのに。このプロミュージシャンは、なぜ高知で歌うのだろう。矢野絢子のファンにとっては、古くて新しい問題だ。その答えは、来年見えてくるような気が僕はする。
# by tocado | 2009-12-27 11:50 | 矢野WATCH!(メイン)
ライブ⑥
9月ライブ@「クラブフェイズ」
同日出演
日本松ひとみ/ソノラディクト(紅月ノリコ)/秋山羊子/いいくぼさおり
ゲストコメディアン:清水宏



5組の女性アーティストによるライブだった。5番目に出演を控えた矢野さんは、客席で4組のライブを聴いていた。4組目の、いいくぼさおりさんのライブを、彼女はとても楽しそうに聴いていた。僕といえば、実は不安だった。

矢野さんの対バン形式のライブを見るのは2回目である。前回は2006年の、朝崎郁恵さんとの対バン。あの時の朝崎さんは、奄美の島唄とトークで会場を朝崎色に染め上げ、達人の夜を披露した。少なくとも僕の中では、矢野絢子、完敗、だった。
いいくぼさんの歌は、朝崎さんとはまた違ったアプローチで、会場を虜にしていた。天真爛漫な元気一杯ソングで会場を湧かせた素敵なミュージシャンのあとで、トリを飾る矢野さんは、いいくぼさんのさらに上を行き、今日一番の盛り上がりを、みせることができるのだろうか。いいや、おそらく矢野さんは、いつも通り、いつものように歌ったのでは、いいくぼさんの上を行くことはできない。僕は、そう踏んでいた。

矢野さんの豆粒ほどに小さな時計が19時6分を指して、「じゃあ、行ってきます」と客席を抜け出だし、そして、出番がきた。薄闇の中で小さくおじぎ。会場がシンッ、と緊張に包まれた。一曲目「金色の匂い」。秋の訪れを歌った曲だ。繊細な歌詞とは裏腹に、ドラムの振動音のように、歌が全身にぶつかってくるような歌声だった。そして自分の心配が、杞憂に終わったことを思い知らされた。いつもより増して、びんびん伝わってくる。体が震えた。
歌い終えて、鍵盤から指を離したあとの会場の雰囲気が、いまだに忘れられない。沈黙した会場が、急いで正気を取り戻したような、控えめの拍手だったが、歌に涙する女性の姿を、僕は確実に一人見ている。前演者が「会場を湧かせた」とするなら、矢野さんは見事に歌で観客をねじ伏せ、圧倒し、「会場を黙らせた」。それはドラマのワンシーンのように、大変劇的だった。
 
前回も書いたように、「星カンムリ」以来、矢野さんの音楽が変わりつつある。なぜ変わったのか、何が変わったのか。クラブフェイズから一ヶ月後に届けられた「アカリトリ」で、彼女はこの疑問に答えてくれている。

「(最近変わったといわれることについて、なぜかと考えてみると)『矢野絢子』というライヴスタイルっていうものを私がやっと認めることが出来だしたんだと思う。(中略)ホームと外と二つの顔があったんだな。それが融合してきた。してもいいんだって思えてきた」
「私の音楽性とかスタイルって言うのがこれからちゃんともっと出来てくる予感がした夏でした」


ホームの矢野絢子と、ツアーミュージシャンとしての矢野絢子が、違和感なく融合し始めた。その結果、ホームで得たもの、ツアーで得たものが、吸収されて、融合して、表にでるようになったということである。
なるほど、と思った。僕が感じていた新しい矢野絢子には、常にホームでの矢野絢子がチラついていた。「変わったのではなく、ホームでのベストパフォーマンスを、ツアーでも実践できるようになっただけでは?」という思いが、どこかにあった。だが、矢野絢子はやはり変わったのだ。なにより彼女自身がそう認めている。

ファンになって5年。たくさんの新しい曲とライブがつまった5年。それらの音楽を通じ、感動し、このミュージシャンを知ることができてよかったな、と感謝したことが、何度もあった。でも、それとは別に、いまほどファンであってよかったと思ったことはない。この5年間で今が一番、目が離せないほど、ファンであることがおもしろい。

いま、矢野絢子がすごいことになってる! 最近つくづく、そう思う。

<2009年9月25日>
# by tocado | 2009-10-18 20:51 | 矢野WATCH!(メイン)
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